ハンブルクのバーレンフェルト地区にある福音ルター派のパウル・ゲルハルト教会は、「第二次世界大戦後の最初の数年間の教会建築における伝統と革新の間で揺れ動く良い例」として知られています。この教会は、建築家オットー・アンデルセンがハンブルク市内に建てた5つの教会のうちの最初の教会であり、彼の初期の作品として、依然として紛れもない強い伝統的な要素を示しています。1950年代、バーレンフェルトでは、バーレンフェルダー・シュタインダムの両側にある古い住宅地で教区が再設立されました。そこでは、第二次世界大戦による被害は比較的少なかったです。しかし、住宅地の魅力的な中心部が欠けていたため、教会と学校(現在のマックス・ブラウアー・シューレ)の建設がすぐに計画されました。教会は、小さな緑地とともに、住宅地の都市景観のアクセントをコーナーロットに形成しています。教会の建設は、オットー・アンデルセンとアルフレッド・ベーアマンが共同で設計した計画に基づいて1954年に始まりました。定礎は1955年7月31日、落成は1956年8月19日に行われました。計画は、1951年に福音教会建築会議で開発されたいわゆる「ルンメルスベルク原則」に基づいています。このデザインは、半円形の聖歌隊席とその外側にある高く細い二重柱、そして突き出たフラットルーフなど、当時の典型的な近代化を伴う伝統的な教会建築に基づいています。窓のない聖歌隊席の印象的なデザインは、パビリオンのような印象を生み出しています。建物は、コンクリートの骨組み構造で、耐力のない中間部分はレンガで作られています。壁には手焼きレンガが使用され、精巧にプラスチックパターンに配置されています。約400平方メートルの身廊の側壁はわずかに傾斜しており、空間が聖歌隊席の方に向けられています。334席の身廊の配置は、中央通路と6段の祭壇台座を備え、古典的なパターンを維持しています。教会の隣にはコミュニティホールが併設されており、身廊から高さ32メートルの塔への接続もここから行われます。複合施設全体には、さらに牧師館と牧師住宅が併設されています。聖歌隊席の下には、身廊からアクセスできる独立した小さな礼拝堂があります。